極上の産地「特A地区」へ

「山田錦の特A地区を訪ねるツアーがあるけど興味ない?」と、友人で酒サムライのあおい有紀さんからお誘いをいただきました。兵庫県の「特A地区」は六甲山の北側、三木市や加東市にある、極上の酒米が収穫できるエリア。今は日本酒の事業をやっていないから・・といったん遠慮したものの、以前訪れた富久錦の稲岡社長が「隣の市の酒米がいいのは知ってるが、富久錦は加西市の酒米を使い続ける」と仰っていたことと、山田桂一郎さんの講演会で「獲得した外貨を地域でまわさないと地域活性にならない」と聞いたことと、その二つがふと思い出され、むくむくと興味が湧いてきて、参加させていただきました。「酒蔵を拠点とした地域活性」の筋があり得るのではないかと思い、その可能性を現地で感じてみたいと思ったのです。

主催は兵庫県酒米振興会。酒蔵関係者、ソムリエ、ジャーナリストなど約40名が参加。セミナー行程は、新神戸駅集合→ほ場視察①→生産者さんによる山田錦の説明→酒米試験地視察→ほ場視察②→懇親会。それはそれは充実して中身の濃い内容で、参加して本当に良かったです。特に生産者さんからのリアルなお話や、酒米試験地という、酒米の栽培を研究する日本で唯一の施設でのお話は、真剣に酒米づくりに取り組んでおられる熱量を感じて、日本酒のありがたさが倍増しました。

 

 

兵庫県の山田錦が凄い

兵庫県の山田錦は、驚くほどの手の込んだ育て方をしておられます。そもそも山田錦が、農家さんの手がかかる(成熟が遅い、倒れやすい、籾が落ちやすい、乾燥が難しい、等)品種であるという観点もありますが、作り手(生産者)・買い手(酒蔵)・行政がしっかりと結びついた構造が出来あがっているという観点です。その象徴が、120年以上続く「村米制度」と言われる契約栽培システム。昔から「酒米を買うなら土地を買え」と言われ、どの地域で栽培された酒米を買うかは、酒蔵にとっての最重要課題でした。杜氏の目指す酒に近づきやすい酒米を手に入れるためには、寒暖差が大きく(→”心白”が大きく育つ)、粘土質な(→肥料のもちが良く丈夫な稲が育つ)、良い酒米を栽培できる地域(土壌)としっかり結びつく必要があるからです。一方で、安定した買い手がいることは作り手にとって大きな安心材料となります。そのような背景から、農家と酒蔵は、長い歴史をかけて深い提携関係を築き上げてきました。そして行政(兵庫県)は、種の研究や管理、産地の規制などでその両者をバックアップ。14種の稲の中から最も中庸な稲をピックアップして栽培し、気候変動や不測の事態でも安定して収穫高を確保するための取り組みについては、そこまでやるか!という思いでした。この構造は一朝一夕にはできません。出来上がった構造ゆえの難しさもあると思いますが、このような取り組みが安定生産と品質向上につながり、日本酒造りを産業として確立する土台となり、我々に豊富な選択肢を与えてれているのだと理解できて、素直に「兵庫県すごい!」と思いました。

 

 

日本酒とテロワール

興味深かったのは、「テロワール」という言葉を何度か聞いたことです。日本酒はワイン同様に醸造酒なので、日本酒の展開をワインのそれになぞらえるような取り組みをよく聞きますが、両者には思っているよりも大きな違いがあるように思います。一番大きいと思うのは「何が味を決めるか」そのポイントです。ワインは加水せずに醸造されるため、味を決めるのはぶどうの品質です。メルローからあっさりしたワインはできず、ガメイからどっしり重いワインはできず、それぞれの品種には栽培に向いた土壌と気候があります。一方で日本酒の味を決めるのは酒蔵(≒杜氏)です。酒造りの責任者である杜氏が「こんな酒を作りたい」と考え、それに近づく酒米、酵母、醸造方法を選びます。ワインが「産地」にびったり張り付くコンテンツで、そこを訪れる動機を喚起しやすいのに対し、日本酒はもう少し流動的な「風土」や「人」に影響を受けるコンテンツ。ワインと同じようにテロワールを語るのは難しく、酒蔵ツーリズムにも「ひとひねり」が必要だと思います。そんなことをある人に話したら、「以前、同様の流れで人(杜氏)に脚光があたった時代もあったけど、継続しなかった」のだとか。じゃあ「水」に焦点を当て、水質の違いを・・・これはなかなか難易度が高い。当社も以前、外国人観光客向けの利き酒体験プログラムの運営にチャレンジしましたが、事業化できずに終わりました。日本酒と観光、いいマリアージュはどのような形なのでしょうか。

 

酒蔵を拠点にした地域活性化

ひとつのヒントになると思うのは、「酒蔵を拠点にした地域活性化」です。先日参加した山田桂一郎さんの講演会では、「稼いだ外貨を地域で回すことが地域活性化につながり、活性化したまちにはほっておいても観光客が集まって来る」そんな時代になっていると聞きました。そこで思い出したのが、以前せとうちDMOのお仕事で瀬戸内7県の酒蔵を50軒以上訪問した時に、印象に残った二つの酒蔵。一つは、岡山県真庭市の辻本店さん。社長の辻総一郎さんは、酒蔵を起点にした城下町の活性化(まち巡りツアーやレストランのメニュー開発)を仕掛けておられました。もう一つは、兵庫県加西市にある富久錦さん。稲岡社長が、「隣の市(加東市)の酒米がいいのは知っているが、うちは加西市の酒米を使う、それが酒蔵の役目だから」とおっしゃっていました。両者からは、地域の名士として、長い時間観と広い視野で経済合理性をとらえる、酒蔵の気概を感じました。酒蔵を起点とした地域活性、その先にある観光振興。きっと可能性はあると思うので、アンテナを張っておきます。

懇親会では兵庫県産の山田錦を使った銘酒をいただきました。日本酒の、あの小さな盃の中には、宗教・農業・食文化・祭事・気候、あらゆる地域的な要素が凝縮されています。とても魅力的。いつか当社としても扱いたいテーマです。

 

※この記事は、酒サムライでも唎酒師でもない、ただの酒好き素人の意見ですので、どうか寛大な気持ちで眺めていただければ幸いです!